投稿者: wagon

  • ご機嫌斜め

    さくらがでっかい声でよく泣く
    高い所に登ってみやーん
    台所の奥っちょにいってはみやーん
    お風呂の前まで小走りでいってみやーん
    今までは休日は僕のおなかの上に座り込み、
    ぐるぐるいいながらおだやかに時を過ごしていたのだが、
    その場所をもみじに奪われるようになり、遠くからもみじをにらみつけ、
    ついでに僕にも冷たい視線を浴びせる
    そして止む事のないみやーんだけが響き渡る

    さくらは一番の古株で僕が結婚する前に、嫁の実家の裏で野良ちゃん夫婦の間に生まれた子である
    生後3ヶ月くらいで僕が引き取り、それ以外の子は嫁宅がそのまま裏庭で飼うこととなった
    それから半年程僕とさくらと嫁の3人の生活が続いたが、典型的な一人っ子で
    我が家の王様、全盛期のキングカズやマラドーナ、磯貝のようなやりたい放題であった

    その後くろが来て、もみじもやってきた
    特にもみじはうちに来た時には既に重病患者で手がかかりっきりであった
    自然にさくらと接する時間が減り、代わりもみじとの時間が増えていった

    さくらはもみじの状況など理解したくも無いのだろう
    みやーん、みやーん、私はここよ、早く来なさいよ
    ここにきて背中を両手でなでなでしなさいよ
    と今日も僕を罵るのだ

  • 読書

    先週木曜日から頭が痛く、金曜日には熱が38℃くらいでてしまった
    その日は会社に行ったり、家に帰って休んだりと家と会社を行ったり来たり
    家に帰ってもゆっくりベッドで寝ようと思ったのだが、先日購入した本がまだ読みかけであったことに気づき、
    よせばいいのにその日はほとんど読書で過ごした
    高熱で耐えられない頭痛の最中に

    その憎らしい本は町田康の「猫にかまけて」

    猫にかまけて

    これは町田康の、僕の中では未だに町田町蔵だが、猫のエッセイである
    現代版吾輩は猫であるのような鋭い観察力と猫の擬人化による妙味、独特の日本語の言い回しが癖になる面白可笑しい文章であったが、
    そんな青臭いゼミのレポート風の感想は置いといて、
    壮絶な闘病記と著者の心の叫びに、不覚にも自分とオーバーラップしてしまい涙を流しそうになった
    実際、はじめは通勤電車の中で読んでいたのだが、朝9時過ぎの電車の中で嗚咽をあげそうになったり、
    夜の北新地駅で立っているときに週末でゴキゲンな赤ら顔の息の臭い人達に挟まれて、
    涙を堪えるのが辛かったりアホくさかったり
    そんなこんなで家でゆっくり読もうととっといたのだ

    家で読んでて良かった
    看病している猫が絶望的な状況に陥っている様を読むと、すぐ傍にいたもみじに抱きつき存在を確かめ、
    とうとう逝ってしまうくだりでは、いつの間にか僕の周りには3匹集合し、慰めの言葉をかけているようだ
    実際はおっさんが泣いているのが面白くて見ていたのだろうけど

    感想
    時間がある限り一緒にいよう、なくても一緒にいよう

  • ディナータイム

    我が家のディナーは食べた気がしない
    なぜかというと、3匹ともいろんな行動をし、僕らを困らせ、幸せな気持ちにもさせる

    もみじは食事時に僕達の横にちょこんとモデル座りをし、
    ごはんをくれ、願わくば味が染み込んだ肉類を
    との願いを込めた「ミャー」とのかすかな鳴き声で、
    瞳孔が絞ることが出来にくくなっている2つの眼で僕と嫁とを交互に見つめる

    この眼と声に僕は弱く、いけないと思いつつ、つい牛丼の中の牛肉などをあげてしまう
    腎臓に気を使って、お肉を一旦口に含み塩味を吸い取ってから、
    スカスカのお肉をもみじの目の前に置く
    そうするとものの1口、2口でペロリンチョと平らげる

    まだ足りないのか再度両前足をクロスさせ背筋を張り、凛とした姿勢でモデル座りとミャーの一声

    この繰り返しが我が家の食事時の一コマである
    その間、さくらとクロは食卓の上で食事をフンフン嗅ぎながら、
    テーブルを前足でひたすらカキカキ、砂を掻く仕種
    食後のコーヒーも匂ってはカキカキ

    我が家のディナーは進んでいく